極小エリアマガジン
筑紫野市湯町1丁目
#16
Interview
「深い歴史と豊かな資源を持つ、二日市温泉街・湯町。」
『二日市温泉 大丸別荘』 総支配人・外木場大倫さん

深い歴史と豊かな資源を持つ、二日市温泉街・湯町。

筑紫野市湯町は、別名「博多の奥座敷」と呼ばれる二日市温泉がある地域。現在は9軒の温泉旅館・温泉施設が点在し、その中の一つである『大丸別荘』は約150年の歴史を誇る由緒正しき老舗旅館だ。今回は同旅館の総支配人・外木場大倫(そとこばひろみち)さんから、温泉地・湯町の歴史と、住人目線のまちの特色について伺う。

九州最古の名湯・二日市温泉。1300年もの歴史を辿ってみる。

「湯町」という地域名が象徴するように、筑紫野市湯町は「二日市温泉」(温泉地)で栄えたエリアで、今も多くの観光客が訪れている。二日市温泉の歴史は古く、その起源は1300年前の奈良時代に遡る。日本最古の和歌集・万葉集にも登場し、大宰府の長官であった大伴旅人(おおとものたびと)の歌に「次田(すいた)の湯」という詞書があり、現在の二日市温泉を指す。

そんな深い歴史を持つ地域に身を置き、二日市温泉を代表する老舗温泉旅館の『大丸別荘』にて総支配人を務める外木場さん。仕事柄、よく地域の歴史について尋ねられるそうで、自身の歴史好きも高じて近所の「筑紫野市歴史博物館」に通い、歴史について色々と学んだという。

「二日市温泉は九州最古の温泉と呼ばれています。天拝山の麓にある武蔵寺(ぶぞうじ)に、二日市温泉のルーツを紐解く文献があるんです。そこには、653年、藤原虎麿(ふじわらのとらまろ)の娘が病気になった際に『ここから東方に葦が生えた湿地があり、掘れば温泉が湧き出る。その湯に入浴させれば病は治るであろう』と薬師如来からお告げがあったと書かれています。そこで虎麿が温泉を掘り当てて娘を治癒させたことが、二日市温泉(当時の名は次田の湯)の起源だそうです」

『次田の湯』の名で始まり、後に『鎮西(ちんぜい)温泉』、『西府(さいふ)温泉』、『薬師温泉』、『武蔵(むさし)温泉』と時代が変わるごとに呼び名が変わり、昭和25年に『二日市温泉』と改称されて現在に至る。

『武蔵時縁起』に、掘り起こした温泉で娘の病気が治癒する姿が描かれている

江戸時代に入ると、湯町は日田街道の宿場・二日市宿として栄えた。殿様専用の温泉施設「留湯(とめゆ)」が設けられ、歴代の黒田藩主など身分の高い人々だけが入浴できる施設だった。それが現在湯町通りにある『御前湯(ごぜんゆ)』にあたる。同施設は明治時代から一般開放され、地域住民をはじめ多くの人に親しまれている。

そして明治時代には鉄道が開通し、湯町は観光化が進んで温泉地としてさらに発展。旅館や温泉施設などが多数建ち並ぶようになり、公衆浴場の「川湯」もたくさんの人々で賑わったそうだ。

明治30年頃の二日市温泉街(昭和初期の洪水で流され、現在川湯は消滅)※筑紫野市観光協会ホームページより

「文豪・夏目漱石も二日市温泉へ訪れ、『温泉のまちや 踊ると見えて さんざめく』と俳句を残しています。この一句から歓楽街の宴席や盆踊りなど、高揚感に包まれた湯町の活気が伝わってきますよね」と外木場さん。

夏目漱石が俳句の師にあたる正岡子規に送った歌が刻まれている

「温泉は地元の財産」。時代を超えて人々を癒し続けた、まちのシンボル。

ところで、二日市温泉はアルカリ性単純温泉で火傷や皮膚病にいいと言われている。前述のように湯町はかつて宿場町や歓楽街として栄えたが、1300年の歴史の中でさまざまな役割を担ってきた。

「戦国時代は武将が、昭和の戦時中は兵士が、温泉に浸かり療養する『湯治場』となり、重宝されていたそうです。また悲しい話になりますが、戦後は旧満州などからの引き揚げ中に女性が暴行を受けるケースが続出し、帰国した女性患者のために『二日市保養所』を開設。療養の一つとして二日市温泉が使われたと言います。そして昭和後期の高度経済成長を契機に、湯治場から温泉街へと変化を遂げました」

『大丸別荘』の家族湯。大正時代に建てられた建物

「歴史を振り返ると、二日市温泉=湯町はそれぞれの時代の喜怒哀楽とともに、常に人々を癒し続けてきたことがわかります。改めて、温泉は地元の財産だなと感じますね」と外木場さんは語る。

江戸時代は黒田藩主が利用し、明治維新後は公衆浴場として親しまれている『御前湯』

外木場さんによると、旧歓楽街の湯町通りは、時間帯によって景色が変わるという。朝夕は学生の通学路となり、横断旗を持つ大人たちと挨拶を交わす微笑ましいシーンが見られる。日中は近所の年配者がゆったり散歩をしていたり、立ち寄り湯に訪れたりも。そして夕方になるとスーツケースを持った観光客が湯町通りに現れる。空気が澄み渡る夜は、温泉の匂いが香り、柳の木が美しく灯される。

湯町のメインストリート、湯町通りを歩く下校中の小学生

これぞ湯町住民の特権! とても羨ましいホットな環境。

湯町に住み始めて約10年という外木場さんに住人目線で、湯町の特性や魅力について語ってもらった。

「この10年間でマンションや戸建て住居が著しく増えたなぁと、まちの景色を見て感じますね。それに伴いスーパーやドラッグストアなどの施設が周りに増えたので、住民としてはより暮らしやすくなったと思います。ちなみに、以前は東京に暮らしていた私が湯町に越してきて驚いたのは、仕事帰りに温泉に入って帰宅するという習慣が地域に根付いていること。夏場は昼休みにさくっと温泉でリフレッシュする方もいて、毎日のように温泉を楽しむ住民の方がたくさんいらっしゃいます。これぞ湯町暮らしの醍醐味ですね!」

住宅地と温泉地が近い距離にあるからこそ実現できるライフスタイルだろう。日帰り温泉の『御前湯』と『博多湯』では、お風呂セットを片手に、地域住民や帰省中の家族が連日訪れる。おばあちゃんと小さな子供が手を繋ぎ、歩いてやってくる姿も多い。さまざまな効能を持つ源泉掛け流しの温泉を、大人一人250〜400円で気軽に楽しむことができるのはうれしい限り!

1860年創業の『博多湯』。江戸時代の風情を感じる木造りの外観

「湯町の中で、『お風呂(日帰り温泉)に入ってきぃよ』が合言葉になっている気がします。温泉は地域みんなのものなんだなと、つくづく感じますね!」

そして『大丸別荘』や『大観荘』といった旅館では、結婚時の顔合わせや結納、長寿のお祝い、家族のお祝いなどが開かれ、節目節目の慶事・仏事を近場で行えるという住民にとって便利な環境。また湯町通りでは春に「おんせんアート展」、夏に子供祭りが開催され、近くの天拝山歴史自然公園では中秋の名月に観月会が開かれ大きな花火が上がる。地元の身近な場所で伝統的な習わしや文化を体感でき、次の世代にも伝えていくことができる。

脈々と受け継がれてきた長い歴史を持つ温泉地と、今後さらに発展が期待される近代的な住宅地。現在の湯町はその両者が混ざり合い、絶妙に溶け込んでいる。一見するとアンバランスなようで、「だからこそ、“OLD IS BEAUTIFUL(古き良き美しさ)”がより際立って感じられるんです。僕は今の湯町の景色が大好きですね」と外木場さんは語る。その言葉に納得したと同時に、ふと、まちに残る歴史のカケラに想いを馳せたくなった。

Recommend Spot in Yumachi

毎日食べたい! 素材にこだわる、からだに優しいパン屋さん。

■GREEN GRASS(グリーングラス)
住所:筑紫野市湯町3-10-26
TEL:092-928-7751
営業時間:8:30〜17:30
定休日:日・月曜

「おいしい焼きたてパンが良心価格で並んでいます」と、外木場さんおすすめのパン屋さん。北海道産と福岡産の小麦をブレンドし、保存料や着色料などを使わず丁寧に作られたパンがバリエーション豊富に並ぶ。人気商品は自家製クリームをたっぷり使用したミルクフランス(160円)。クリスマスのシュトーレンも好評で、毎年アレンジを加えてバージョンアップしている自信作だそう。

I’m Here
二日市温泉 大丸別荘

住所:筑紫野市湯町1-20-1
TEL:092-924-3939
宿泊プラン、日帰りプランあり
http://www.daimarubesso.com/hotspring/

創業慶応元年(1865年)。6500坪の広大な敷地に、大正亭・平安亭・昭和亭の3つの宿泊棟と一戸建の離れ「蓮魚庵」を併設。掛け流しの大浴場と家族湯をはじめ、全客室に内風呂を完備。鳥のさえずりが響く、3500坪の日本庭園は圧巻! どの空間を切り取っても、うっとりする風情溢れる佇まい。昭和天皇をはじめ、有名作家や人気俳優、文化人など、数々の著名人が宿泊したことでも知られる。

〜 エリア紹介:筑紫野市湯町 〜

筑紫野市の北部にある湯町は、二日市温泉街の主要エリア。温泉の泉質はアルカリ性低張性高温泉で、神経痛や皮膚病などに効能があり、肌が滑らかになる美肌の湯として有名。全盛期は温泉施設や温泉宿が30〜40軒ほど並び、多くの観光客が訪れた。平成から令和にかけて施設の老朽化や経営状況により取り壊された施設も多く、現在残っているのは9軒。一方でマンションや戸建ての軒数が年々増え、ヤングファミリーを中心に人口も増え、住宅地としての特色も強めている。JR二日市駅まで徒歩約10分、高速バスの停留所「筑紫野(二日市温泉入口)」も徒歩5〜10分圏内。筑紫野I.C.も近いことから天神・博多・福岡空港へのアクセスも良好。近くにホームセンターやドラッグストア、スーパー、医療機関など、生活に必要な施設が揃っている。

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